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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)15号 判決

原告 松谷千鶴子

被告 大阪市長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告の申立て

1  被告が昭和四九年一二月一七日別紙目録記載の意見書に係る意見についてした「意見を棄却する。」旨の処分(大都第五七三号)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の申立て

(本案前の申立て)

主文と同旨

(本案に対する申立て)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、被告に対し、昭和四九年一〇月二四日から同年一一月六日までの期間中縦覧に供された設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合に係る事業計画について、土地区画整理法第二〇条第二項に基づき、昭和四九年一一月一五日付で「設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合に係る事業計画に対する意見書」(以下本件意見書という。)を提出し、同日受理された。

2  本件意見書の要旨は、次のとおりである。

(一) 原告が所有している大阪市住吉区庭井町七五番の土地は、地形的にみても、土地区画整理事業を施行する必要がないのに施行地区に編入されている、また、本件事業計画の資金が従前の大阪市庭井普通水利組合の寄附金によつてまかなわれるにもかかわらず、もと右水利組合に所属していた木下伊之助が本件土地区画整理事業の施行区域内に所有している土地を施行地区に編入しない等施行地区の定め方に一貫性がない。

(二) 従前の宅地に対する減歩率は実測地積に対しては一九・六〇パーセントであるが公簿地積に対しては七・九一パーセントであつてその間の不平等が著しく、しかも両者を区別する基準が明確でないから照応の原則に反する。

(三) 国有水路を自己の所有地に取り入れようとする者等があるから、関係者を立ち会わせて現地測量をし、事実に即した図面を作成すべきである。

(四) 本件土地区画整理事業が施行されれば、関係権利者間の不平等が一層顕著になる。

3  被告は、原告に対し、昭和四九年一二月一七日、本件意見書に係る意見について「意見を棄却する。」旨の処分(大都第五七三号。以下本件処分という。)をした。

4  しかし、本件処分は、本件意見書の内容を十分審査せずにされた点において、また、「健全な市街地の造成を図り、もつて公共の福祉の増進に資する」という土地区画整理法の目的に反する点において違法であるから、その取消しを求める。

5  なお、被告は、本件処分が行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないと主張する。

しかし、土地区画整理組合(以下組合という。)施行による土地区画整理事業は、都道府県知事による組合設立の認可によつて開始されるのであり(土地区画整理法第一四条、第二一条参照)、組合が設立されると、定款・事業計画に定められた施行地区内における土地所有者及び借地権者は、当該組合設立の申請をすることについて反対の意思を有している場合でも、すべて組合員とされる(同法第二五条、第一八条)のであるから、これらの者を含む利害関係者に、組合設立認可申請の段階において、定款事業計画についての意見を述べる機会を与えることは、利害関係者の権利を保護する上からみても、また事業の円滑な施行を図る点からみても必要欠くべからざるものであつて、この意見書提出の機会を与えずになされた組合設立認可が無効と解せられる所以もここにある。

そして都道府県知事が提出された意見書の内容を審査し、意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは、設立認可申請者に対し事業計画に必要な修正を加えるべきことを命じ、採択すべきでないと認めるときは、その旨を意見書提出者に通知しなければならないとされ、意見書の内容を審査するについては、行政不服審査法中の異議申立の審理に関する規定が準用されているのであり(土地区画整理法第二〇条三項、第四項)、さらに、都道府県知事の修正命令によつて事業計画の修正がなされた場合には、その修正部分について右と同様の手続を採らねばならないとされ(同条第五項)、意見書の扱いについては慎重を期すべきことを法が要求しているのである。

これらの点を考え合わせると、都道府県知事が意見書の内容となつている意見の採否を決することによつて、組合設立認可申請者に対する監督権を発動するとともに、利害関係者の権利保護と事業の公益的性格を確保しようとするものであり、また意見不採択の場合にはその旨を決定して意見書提出者に通知することにより、その者の意見を却下する処分をするものであつて、これをもつて単なる事実行為であるとみるべきものではない。

意見書不採択の通知なる処分については行政不服審査法による不服申立を許さない旨の土地区画整理法第一二七条第二号の規定が存在するが、右規定が存在するからといつて、本件処分の取消しを求める行政訴訟を提起することができないとすることはできない。かえつて同条においては、右通知をも処分の一つとみていることから考えて右見解の正当なることを裏づけるものである。

二  被告の答弁

(本案前の答弁)

本件処分は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらない。

すなわち、土地区画整理法第二〇条第二項による意見書の提出は、同法第一四条第一項の事業計画の決定が利害関係者の権利利益に影響を及ぼすことがあるので、これを保護するため、都道府県知事(本件においては同法第一三六条の二第一項により被告)の自発的な監督権のみに委ねないで、積極的に利害関係者が都道府県知事(本件においては被告)に対して監督権の発動を促す途を開いたものであり、したがつて、また本件処分は、右意見書に係る意見を採択すべきでない旨、換言すると、被告が監督権の発動を促されたがその監督権を発動しない旨通知した事実上の措置にすぎない。

仮に、本件処分が取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とすると、これを争うことによつて同法第一四条第一項の事業計画そのものを争うことができることとなり、土地区画整理事業計画の決定は、それが公告された後においても抗告訴訟の対象となりえないとした最高大昭四一・二・二三判(民集二〇巻二号二七一頁)に反する。

したがつて、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

(本案に対する答弁)

原告の主張する請求原因事実第1ないし第3項はいずれも認める。同第4項は否認する。

被告が本件意見書に係る意見を採択すべきでないと認めた理由は別紙決定書記載のとおりである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告の主張する請求原因事実第1ないし第3項はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分が行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるかどうかについて検討する。

組合は、土地区画整理法第三条第二項所定の有資格者七人以上が共同して定款及び事業計画を定め、都道府県を定め、都道府県知事(本件においては被告(同法第一三六条の二第一項)。以下同じ。)の認可を受けて設立し、その事業計画の変更について都道府県知事の認可を受けなければならないほか、その施行する土地区画整理事業について都道府県知事の監督権に服するが、右設立の認可に関する一連の手続の一環として、同法第二〇条が、組合を設立しようとする者が定めた事業計画を二週間公衆の縦覧に供さなければならない、利害関係者はこれについて都道府県知事に意見書を提出することができる、都道府県知事はその意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは組合の設立の認可を申請した者に対し事業計画に必要な修正を加えるべきことを命じ、採択すべきでないと認めるときはその旨を意見書を提出した者に通知しなければならないと定めた趣旨は、都道府県知事に組合の設立を監督させることによつて、組合を設立しようとする者が恣意的に事業計画を定めることを防止するとともに利害関係者の意見を反映させて事業計画そのものをより適切妥当なものにして公共の福祉を増進させることにあり、直接利害関係者の権利利益を保護することにあるものではないと解すべきである(土地区画整理法は、関係権利者全員の同意によつて事業計画を定める個人施行の場合(同法第八条参照)を除き、一般に事業計画の決定にあたつてこれを公衆の縦覧に供し利害関係者がこれについて意見書を提出することができる等の規定を置いている(同法第三九条第二項、第五五条、第六九条)が、これらの規定も同様の趣旨に解すべきであろう。)。

けだし、同法第二〇条第四項は、意見書の内容の審査については行政不服審査法中処分についての異議申立ての審理に関する規定(同法第四八条、第二四条ないし第三二条)を準用しながら、審理をした結果なすべき措置については処分についての異議申立ての決定に関する規定(同法第四七条)あるいは処分についての審査請求の裁決に関する規定(同法第四〇条ないし第四二条)を準用せず、土地区画整理法第二〇条第三項において都道府県知事が意見書に係る意見を採択すべきであると認めるときは組合の設立の認可を申請した者に対し事業計画に必要な修正を加うべきことを命ずる旨定めて、都道府県知事は意見書を提出した者にとつて不利益な結果となる事業計画の修正を命ずることができるものとし、また同条第三項は、都道府県知事が意見書に係る意見を採択すべきでないと認めるときに限つてその旨を意見書を提出した者に通知しなければならないとして、意見書の取扱いについて慎重を期すべきことを要求するにとどまり、意見不採択の理由を告知すべきことを求めず、同法第一二七条第二号が右通知については行政不服審査法による不服申立てをすることができないとしていること等に徴すると、土地区画整理法は、都道府県知事の監督権の発動を促す限度において意見書を提出した者の利益を保護しているにすぎないとみられるからである。

そうだとすると、被告が本件意見書に係る意見を採択すべきでないと認めて本件処分をしたとしても、それは原告その他の利害関係の権利利益になんら影響を及ぼすことがないというべきであるから、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たらないこととなる。

実質的にみても、土地区画整理法第二〇条第二項に基づく意見書の提出は、組合の設立の認可の申請に対して都道府県知事が認可、不認可等なんらかの処分をする際の一個の派生的な手続過程にすぎずもし利害関係者の権利利益を保護するため訴えの提起を許さなければならないとするならば、その基本たる組合の設立認可に関する処分を対象として訴えを提起することを許せば足りるのである(もつとも、その当否は別として、最高大昭四一・二・二三判(民集二〇巻二号二七一頁)の趣旨に従えば、組合の設立認可に関する処分は抗告訴訟の対象とならないと解する余地があるが、そのように解するとすれば、本件処分が抗告訴訟の対象となると解することはできないこととなろう。)。

三  よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 増井和男 春日通良)

目録

原告が、被告に対し、昭和四九年一〇月二四日から同年一一月六日までの期間中縦覧に供された設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合に係る事業計画について、昭和四九年一一月一五日付で提出した「設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合に係る事業計画に対する意見書」

(以上)

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